INTERVIEW

武田信玄公終焉の地
長岳寺

長岳寺住職

入 亮純さん

武田信玄公終焉の地である長岳寺。その歴史について、住職の入亮純さんに話を聞ききました。

野田城攻めは信玄公最後の戦い

時は、戦国時代のことです。1573年の三方ヶ原の戦いで徳川家康・織田信長軍に勝利を収めた武田信玄は、つづいて三河国の野田城を攻めます。野田城は現在の愛知県新城市にありました。野田城の戦いは、武田信玄最後の戦いとして歴史上有名な戦いです。

駒場の山中で亡くなった信玄公

野田城を陥落した武田信玄でしたが、戦の途中で胸の病気を患ったことから進軍をやめて甲斐国へ引き上げることになります。そして4月12日、帰途駒場の山中で落命したと伝えられています。享年53歳でした。戦国時代、当山は阿智川の左岸、駒場の市の沢平にありました。当山が「終焉の地」と呼ばれるのは、武田信玄公のご遺体を安置し、荼毘にふした由緒によるものです。

信玄公の兜の前立てを所蔵

武田信玄公の遺品として、兜の前立て「鍬形台三輪菊唐草透彫三鈷柄付」と「大日の丸練革製朱塗」の2品を所蔵しています。どなたでも宝物館でごらんいただけます。
また、没後400年の際に「武田信玄公灰塚供養塔という十三塔を建立しました。合わせて境内をご覧頂ければと思います。

長岳寺は、武田信玄公終焉の地として名高いだけでなく、中国残留孤児の肉親捜しや帰国に生涯をささげた山本慈昭さんが住職を務めていた寺としても全国的に知られています。阿智村在住の日本画家吉川優さんによる本堂襖画は9点の連作となっており、圧倒される見ごたえです。

広拯山 長岳寺
阿智村駒場569
TEL:0265-43-2967
拝観時間 9時~17時
閉館日 不定休